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2003年8月17日日曜日

新島紀行02

●8月12日(火)
夜22:00、竹芝のフェリーターミナルに行く。お盆帰りの帰省客やサーファーらでごった返す。席なし予約のため、かや子ちゃんと二人、デッキに寝床を探す。



●8月13日(水)
貸し毛布の恩恵で思ったよりも快適な朝。ただしやっぱり睡眠不足。
新島の黒根港には7:40着岸。博物館の北村さんの車で、若郷の北村さん宅へ。午後、北村さんが島内を案内して下さる。本村にある共同墓地は、お盆ということもあって新しい砂に敷き換えられ、新盆さんの飾りがそこここにあった。40人弱ほどの方が、新仏さんとなられたそうだ。流人墓地も見る。新しい花も供えてあった。
路地裏の石垣は美しかった。雨のため、散策できないのが残念。
夜、若郷の大踊り保存会の方々と一緒に懇談。


●8月14日(木)
朝から雨。若郷の盆祭は若郷小学校の体育館でやることに決まり、テント張りなどの準備が始まる。お天気は、薄曇りになったり、横殴りの嵐になったり、変わりやすい。
お昼はタタキ汁の定食をいただく。とれたてのアジの塩焼きもさることながら、タタキが美味しい。
夜、若郷小学校の体育館へ盆祭を見に行く。体育館だけに、雰囲気は少々物足りない。
北村さん宅で、北村さんの息子さんと息子さんの同級生、本村のホームの職員の方、若郷小学校の先生と0時頃まで飲んで雑談。

●8月15日(金)
本村の池田シンさんのお宅へ。真田織りの話を聞かせていただく。この日は一日、シンさん宅に居座り、真田織りをやらせてもらった。なかなかコツのいる作業で、幅があわなかったり、下糸と上糸がうまくセッティングできなかったり。シンさんは「ばあちゃん、目が悪いし、足も悪いもんでね」と笑いながらも、一度織り始めると凄まじいオーラ。「上手い上手い、のみこみがはやい」とおだてられつつも、私は、100本近い縦糸に目がショボショボした。
夜は北村さんと私、かや子ちゃんで夜中の2時頃まで折り紙をしながら(?)雑談。

●8月16日(土)
午前中、新島村博物館へ。野外展示の移築民家の中で、ウンバアのお二方にいろいろお話を聞かせていただいた。「戦争の時は、本当に怖かったよ。いしら(あなたたち)には、同じ思いはさせたくないね」とおっしゃった。そして「新島は本当にいいところ。移り住んじゃいなさいよ」と笑っておいでだった。
民家の囲炉裏でクサヤを焼いて食べた。
夕方、池田シンさん宅へ。昨日の続きを織らせてもらった。
夜は北村さん手打ちのうどんを囲んで、いろんな人を呼んで賑やかに過ごす。

●8月17日(日)
前日に北村さん宅で一緒にうどんを囲んだ役場の方の友人が離島するため、黒根港に見送りに行く。ジェット便の『夢』号は、遠くからでも目立ちすぎるくらいの派手なボディで、潮を噴き上げながらやってきた。本土まで約3時間で行けるというからすごい。沖に出てしまえば、揺れないそうだ。
シンさん宅へ行き、お別れをする。急いで黒根港に戻り、今度は私たちの離島。本船(大型客船)に乗り込み、夕べ出会った人たちとお約束の紙テープで離岸。
船の上から新島を見送った。宮塚山には低い雲がたれ込めていた。結局、一日も晴れることがなかった。
利島を離れたあと、一眠りしたら既に東京湾の中だった。東京湾横断道路の通気口が、湾の真ん中に不自然に突きたっていた。レインボーブリッジの下をくぐり、17:30、竹芝ターミナルに到着。新島の海の青さを思い出し、東京湾の海の色にはびっくりした。
おしまい。

2003.8/12~17 絵と写真、文:岩井友子